大阪の美術館あれこれ

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湯木美術館

『湯木美術館』

『湯木美術館は展示スペースも小さく、また展示品も多くないのですが、茶道具を中心に逸品が展示されていて、ゆったり茶道具の美術品を見たい人にはお薦めです。大阪府大阪市にある大阪府の登録博物館で、運営は、財団法人湯木美術館。日本料理店「吉兆」創業者・湯木貞一(ゆきていいち、1901年(明治34年) - 1997年(平成9年))が収集した茶道具を中心とする美術工芸品(国の重要文化財 11件、重要美術品 3件を含む)の収蔵、展示を主たる目的として、1987年(昭和62年)に開館しました。テーマを設けての企画展覧会を春季と秋季の年2回開催しています。

アートの秋

『湯木美術館』の主な収蔵品

重要文化財
  • 絹本著色春日宮曼荼羅図 観舜筆、鎌倉時代
  • 紙本著色在原業平像(佐竹本三十六歌仙絵巻断簡)
  • 伊勢集断簡(石山切)
  • 寸松庵色紙(よしのかわ)
  • 継色紙(神かきの)
  • 大燈国師墨蹟
  • 古今和歌集断簡(高野切、巻第九巻頭)
  • 熊野懐紙
  • 織部四方手鉢
  • 志野茶碗(広沢)
  • 唐物茄子茶入(紹鴎茄子、一名みをつくし)
その他
  • 住吉蒔絵平棗 山本春正作
  • 大井戸茶碗 銘対馬

『湯木美術館』の施設

  • 茶室(展示用)
  • 休憩スペース
  • 飲食施設

『湯木美術館』の所在地

  • 〒541-0006 大阪府大阪市中央区平野町3-3-9 

『湯木美術館』の交通アクセス

  • 大阪市営地下鉄御堂筋線 淀屋橋駅 徒歩6分
  • 京阪電気鉄道京阪本線 淀屋橋駅 徒歩6分

『高野切』

湯木美術館に収蔵されている重要文化財、高野切(こうやぎれ)についてまとめました。高野切は、平安時代後期、11世紀に書写された『古今和歌集』の写本の通称です。『古今和歌集』の現存最古のテキストとして、日本文学史、日本語史の研究資料として貴重であるとともに、その書風は仮名書道の最高峰として古来尊重され、日本書道史上もきわめて重要な作品です。

『高野切』の概要

1993年から、筑波大学大学院の森岡隆教授の主導の下で、断簡の臨書および写本などからの推定により、高野切を成立当初の姿に復元する作業が始まりました。この復元は、芸術学系・書コースの学生・卒業生・修了生計19名により、18年後の2011年になって全巻(完本の巻八、二十のみ複写で、江戸時代に手が加わっていた巻五は当初の姿に復元)完成し、同年2月に同大学で一般公開されました。巻紙の全長は約100メートルに達しました。この巻九巻頭の断簡は現存し、大阪の湯木美術館が所蔵します。「高野切」などの「切(きれ)」とは美術史、書道史、茶道などの用語で、元来巻物や冊子本であった和歌集、漢詩集などの写本を、鑑賞用とするため切断し、掛軸に仕立てたり、手鑑(でかがみ)と称するアルバムに貼り込んだりしたものを指します。こうした鑑賞形式は、室町時代以降、茶道の隆盛とともに盛んになりました。こうして切断された紙片のことを「断簡」と称しますが、高野切本古今和歌集のうち、巻九の巻頭の17行分の断簡は豊臣秀吉が所持していました。この断簡は後に木食応其に下賜され、高野山に伝来したため、「高野切」の名が生じたといわれています。

『高野切』と『古今和歌集』

『古今和歌集』を書き写したもので、当初は20巻(和歌1100首前後)からなっていました。現存するのはその一部です。『古今和歌集』は和歌の規範として、平安時代の貴顕には必須の教養とされ、尊重されてきました。そのため写本も多く、平安時代にさかのぼる写本だけで約60種にのぼると言われていますが、その中でも最古の写本であり、書道の手本としても尊重されているのが高野切本です。料紙は、上質の麻紙で、表面に雲母砂子(きらすなご)を散らしたものを用いています。麻紙は経典の書写に多く用いられ、和歌集の料紙として用いた例は少ないです。

『高野切』の筆者

高野切本の現存する巻は巻一、二、三、五、八、九、十八、十九、二十で、残りの巻は失われたものと思われます。このうち、巻五(個人蔵)、巻八(山口・毛利博物館蔵)、巻二十(高知県蔵)の3巻のみが巻物として完存し(3巻とも国宝)、巻一、二、三、九、十八、十九は断簡として各所に分蔵されています。巻一の巻頭部分の断簡は東京・五島美術館、巻九の冒頭部分の断簡は大阪・湯木美術館の所蔵です。高野切の筆者は古来紀貫之(882-946)と伝承されてきましたが、実際は貫之の時代より1世紀ほど後の11世紀中期の書写です。

『高野切』の筆跡

近代における筆跡研究の進展により、高野切の筆跡は3種に分かれることが明らかにされていて、便宜上、「第一種」「第二種」「第三種」と称されています。全20巻を3人で分担書写したいわゆる寄合書(よりあいがき)です。小松茂美は、「第一種」の筆者が巻一、九、十、十一、十二、二十、「第二種」の筆者が巻二、三、四、五、六、七、八、「第三種」の筆者が巻十三十四、十五、十六、十七、十八、十九を担当し、「第一種」はあるいは真名序・仮名序も合わせて担当したのではないかと推定しています(二玄社「日本名跡叢刊・高野切第一種」解説より)。

第一種

第一種の筆者は現存する巻のうち、巻一、九、二十を担当しています。古今集の冒頭の巻一と最後の巻二十を担当していることから、3人の筆者の中でもっとも地位の高い人物と推定されます。筆者については藤原行成の子の藤原行経(1012-1050)とする説が有力ですが、確証はありません。第一種の書風は今日に至るまで仮名書道の手本として尊重されています。書風は、秀麗温雅で、字形は直筆を主として、くせがなく、連綿(数文字を続けて書くこと)は控えめです。第一種と同筆または同系統の筆跡としては、大字和漢朗詠集切(諸家分蔵)、深窓秘抄(藤田美術館蔵)、和歌躰十種(東京国立博物館蔵)、歌仙歌合(和泉市久保惣記念美術館蔵)などがあります。

第二種

第二種の筆者は現存する巻のうち、巻二、三、五、八を担当しています。小松茂美は第二種の筆者を源兼行(1023-1074頃活動)と推定しました。九条家本延喜式の紙背文書中の兼行の筆跡との一致など、さまざまな観点から、兼行を筆者とする説はほぼ定説化しています。高野切の3種の筆跡のなかではもっとも個性が強く、側筆を多用した右肩上がりで肉太の字形に特色があります。第二種と同筆または同系統の筆跡としては、平等院鳳凰堂壁画色紙形、桂本万葉集(御物)、雲紙本和漢朗詠集(三の丸尚蔵館蔵)、関戸本和漢朗詠集切(諸家分蔵)などがあります。

第三種

第三種の筆者は現存する巻のうち、巻十八、十九を担当しています。筆者については藤原公経とする説もありますが、なお未詳です。書風は穏やかで、高野切の3種の筆跡のなかでは、もっとも現代風であると評されています。第三種と同筆または同系統の筆跡としては、粘葉本(でっちょうぼん)和漢朗詠集(三の丸尚蔵館蔵)、元暦校本万葉集巻一(東京国立博物館蔵)、伊予切(和漢朗詠集の断簡、諸家分蔵)、近衛本和漢朗詠集(陽明文庫蔵)、蓬莱切(未詳歌集の断簡、諸家分蔵)、法輪寺切(和漢朗詠集写本の断簡、諸家分蔵)などがあります。

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